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美術・その精神と表現(高等学校芸術美術) [芸術]

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美術・その精神と表現(高等学校芸術家美術)

この本を読む人へ

 佐藤忠良

わたしたちは、美術を静止的なものとしてとらえていない。変化しやまないものとして見ている、と言ってもよい。また、当然のことだが、その変化しつづける美術の制作にあたっている人間もまた、変貌しつづけている、と考えている。美術や人間の変化というと、時代が移り変ったり、年齢を重ねたりすると自然に変わっていくように感じられかもしれないが、わたしたちは、そうは考えていない。自然に変わるどころか、自覚的に人生を歩んでいる人は、自分を作り変える努力を重ねて生きて言っている、と観ている。なぜこうした努力を重ねるかというと、自由な人間になるためである。自由な人間というのは、偏見や権威に惑わされず、真理や美に対して直面し、勇気をもってそれを吸収できる知性や感性を備えた人間である。生まれたままの自然児が自由な人間なのではなくて、本当の知性や感性を努力の末に獲得した人間が、自由なのである。(中略)自分が、どう人の目に映るか、どんなふうに思われるか、といういうことが生き方の根本にあるようでは、人の心を動かすものはつくれない。どう映ろうと、どう思われようと、これが自分なのだ、という気持ちが必要である。なぜならば、他人の目にどう映るかに気をとられているうちは、自分自身に対して、自分が自然でなくなっているからだ。(中略)感性は、放っておけば鈍ってしまう。学問と同じように、努力して獲得するものだ。獲得の方法を吟味して、努力を積まなければならない。ものを知るだけではなく、いろいろなことを感じるために、仮面をかぶった人生から自分を解き放つために、人間は努力して自分を変えなければならない。
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churaumi

ありがとうございます
佐藤忠良ありがたい存在に思います。国を愛し、故郷を愛し、母を愛し、子らに人のありようを説きつづける。佐藤忠良館の最初のブロンズは母の胸像です。対峙していると、息子忠良に対する慈愛が伝わってきます。
by churaumi (2012-07-13 21:51) 

churaumi

年の瀬に
二手合わせて
母偲ぶ
by churaumi (2015-12-08 08:23) 

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